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書評 「ソフトウェア社会のゆくえ」 岩波書店 玉井哲雄 著

by staff on 2012/5/10, 木曜日
 

 25年ほど前、私は「増力のためのコンピュータ利用」というタイトルの修士論文と格闘していた。「増力」とは私の造語で「人間の能力を増す」という意味合いで使っていた。

 当時、私達の生活にインターネットは登場していない頃だったので、現在のように誰もがパソコンや携帯電話を使いこなすなんて、想像もできない時代だったが、私はコンピュータは、人間の能力を増すための存在に成り得ると信じていた。

 コンピュータが誕生してから今年で65年を迎える。誕生期からこれまでずっとコンピュータを動かしてきたのが「ソフトウェア」である。現代では

携帯電話、家電製品などあらゆる機器が「ソフトウェア」によって制御されている。「ソフトウェア」の役割は大きくなっているのに、目に見えない「ソフトウェア」を私たちは意識しなくなっている。そして「ソフトウェア」は正常に動くのが当たり前で、銀行のATMが稼働しなくなるなど、異常が発生した時だけ「ソフトウェア」はクローズアップされるのである。

 「ソフトウェア社会のゆくえ」(玉井哲雄著)は、そんなコンピュータのソフトウェアというものの正体を、一般人にもわかるようにわかりやすく解説してくれている。著者の玉井哲雄氏は、筑波大学の社会人大学院時代の私の指導教官であり、今年の3月まで東京大学で教鞭をとられていた、日本のソフトウェア工学をリードしてきた方である。

 冒頭で「肩の凝らない話をしていきたい」と玉井先生が宣言されているとおり、この本は技術書ではなく一般書として書かれたものである。

 第一章の「ソフトウェアの不思議な性質」では、「ソフトウェア」の語源について玉井先生ご自身がインターネットを使って調査をした様子が記述されていて、読み物ととしても引き込まれていく。

 第三章の「ヒューマンエラーの恐怖」には、東京証券取引所のシステムがプログラムのちょっとしたミスで大事件を引き起こしてしまう「ソフトウェア」の怖さが描かれていて、「ソフトウェア開発」を生業としている私にとっては他人事ではないノンフィクションである。

 第四章の「情報産業の盛衰」からは、日本の情報産業がどのような変貌を遂げてきたのか、ソフトウエアはなぜ輸入超過になっているのかなど、その歴史を窺い知ることができる。

 ソフトウェア技術の変化やソフトウェアの権利の変遷など、ソフトウェアを様々な角度からとらえ、分解してその全貌を明らかにしようという試みは、玉井先生の研究の集大成とも言えるものである。

 私が特に感銘を覚えたのは、第七章(最終章)の「これからの日本のソフトウェア」に書かれている「他の分野に学ぶ」である。「今後のソフトウェアは、計算機科学のみならず他の学問分野から学び、それを技術として発達させていく必要があるだろう。」と玉井先生は提唱されている。生物学、考古学、そして文化人類学と、人間を知ることがソフトウェア技術の発展につながるという玉井先生の言葉は、「お客様の立場にたって」をモットーにしている私にとっては、大いに共感するところであった。

 この本の最後を玉井先生は次のように結んでいる。「ソフトウェアがこれだけの社会の根幹を形作っているのに、社会がそのことを十分認識していない。そのために、ソフトウェアを作る人、組織、プロセスについての理解が不足し、それがさらに有能な人材がソフトウェア開発に携わることを妨げ、創造的なソフトウェアが生まれる状況を作り出せないでいるのではないだろうか。」

 私達「ソフトウェア開発」に携わる者たちが、玉井先生の言葉を噛みしめ、創造性の高い、「増力」のためのソフトウェア開発に邁進しなければならないと改めて痛感している。

 「ソフトウェア社会のゆくえ」は、日本社会の今後を考える上でも、ソフトウェアとは無縁の多くの方々に是非読んでいただきたい著作である。

(文:渡邊 桃伯子)

 

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