2012年10月 三ツ池だより 「自然の中に入っていく」
台風過のさわやかな気候の中にいる。10は9の次である。9は苦であり、苦のさきに10月はある。10は充実の充につながる。なんともいつまでも暑い8月、残暑の長かった9月が過ぎいよいよ充実の10月である。朝礼で、「いままでは、暑さの為に少しメリハリをつけるように仕事をすることが中心だった。10月はその延長でなく、新しいスタートであり、一から仕事を組み直してみる時である。」と話をした。
小説の主人公で10を使った者はいないかと思ったら、山本周五郎の「屏風はたたまれた」に吉村弥十郎がいた。「-お前たちの年頃から、もっとも勉強や修行の邪魔になるのは女だ。知らないために惹きつけられ、不思議にあがめたり、卑しめたり、またあこがれたりして心を悩ませる、女というものを知れば、そんな悩みもなくなるし、空想で時間を浪費することもない、そのうえ、おとなになったという自覚がえられるだろう、やがて自分でもわかる筈だ。」
この小説、弥十郎の成長を語るものでない。千夜は忽然と消え、急転直下以外な展開になる。「一年後、藩公の側室で十八歳の奈々の方に世子が生まれた。これまで一人も子供が生まれなかった藩公だっただけに、藩公の胤であるかどうかどうもあやしいという噂が密やかにささやかれもしていた。奈々の方と千夜とは同じ人ではないか、という想像が弥十郎の頭に浮かび、それがしだいに現実感を伴ってくるのだった。」
弥十郎の行為と結果がかけ離れたものになっていく。
引用が長くなった。あるときに意図的に仕組まれたとしたらどうなるのだろう。男女の行為ではなく、別の経済のことや、国土のことであったらどのようになるのだろう。好意の後ろにある行為を一つ一つ吟味しながら生きているのだろうか。生きていられるのだろうか。単なる損得勘定だけではなく、地位・名誉が絡んでいたりもする。
さて10の話に戻そう。予想以上に年月がかかったという場合に約10か月という数字が出てくる。半年はなんとか辛抱しよう。しかし10ヶ月はちと長いということになる。だから少し前に準備して10月という月に身の回りを含め気になるところに気を配っていく。
坂村真民さんの詩に「からっぽ」がある。
からっぽにする
胃を
からっぽにする
心を
からっぽにする
そうすると
はいってくる
すべてのものが
新鮮で
生き生きしている
そして一日一言からの10月の詩は、
アセラズ クニセズ シズカミ
ジブンノ道ヲ マッスグニ 行ケ
真民
人はそんなに簡単に変わることはできない。人を疑ってはきりがない。それでも10月という月は「おのれの胸に秘めたおもいを大事にしながら、今一度舵を切っていく」そんな月にしていく事が肝心なのだ。迷ったら自然の中に入っていく、そんな月に入ったことが嬉しい。
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(文・写真:横須賀 健治)
横須賀 健治プロフィール
メジャーテックツルミ 代表取締役
はかることのプロとして50年です。
食品の放射能測定のアークメジャーを設立しました。
「計量から見える幸せ」をライフワークにしています。
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