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横浜市鶴見区から日本の中小製造業を元気にしていきたい。
株式会社MURONE 取締役 室根貴之さん

by staff on 2012/11/10, 土曜日

 まだスタートラインにたったばかりです。と仰る室根さん。
「ものづくり」に関わるのは自分の使命だし、関わるからには日本の中小製造業を元気にしていきたい、とお話になる姿から経営者として技術者としての自信が溢れていました。 今月の「ヨコハマこの人」は、株式会社MURONE 取締役の室根貴之さんにお話をお伺いしました。

 
株式会社MURONE 取締役の室根貴之さん

 

 
お名前 室根 貴之(むろね たかゆき)さん
ご出身 川崎市幸区
年齢 30代後半(2012.11時点)
ご家族 妻と娘二人
お住まい 川崎市中原区
ご仕事 株式会社MURONE 取締役
http://www.murone.co.jp/
ご趣味 海水魚飼育 ワイン
(昔はサーフィンだった)
ご性格 真正直 表裏がない 猪突猛進
徳がある性格だとシニア層から言われる

小さい頃から「ものづくり」を目指していましたか

 幼少のころから「ものづくり」が好きでしたね。砂場で何かを作ったり粘土で工作したり、プラモデルに熱中した時期もありました。

 大学では機械工学を専攻しました。 父が経営している会社を継ぐということが頭の片隅にありました。 大学卒業後、機械設計製造アウトソーシング会社に就職しましたが残業が多くて厳しかった、それを父親に話したら、それだったらうちの会社で働きなさいよ、を言われ23歳のときに父の会社で働くことになりました。

 

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株式会社MURONE

 三年間は修行のつもりで一生懸命働きました。 弊社はマシニングセンターという工作機械を駆使して、精密部品加工をしている大企業の下請けの工場です。

 会社に入ってみてわかったのですが、社長である父が何から何まで指示していました。 役員をはじめスタッフは言われたことしかしない体質になっていました。 また工場の環境も良くなったのです。

 このままでだめだ! 私は会社の改革をやらなければと決意しました。

 まず最初に取り組んだのが、工場内の清掃とバリ取りを自分でするです。 ところがスタッフは皆私より年長で、いわゆる職人気質の人達です。 若造が何をやっているのかと冷たく見られました。

 私の仕事は機械のオペレーターと量産の段取り替え、他の人が削った部品の 「バリ取り」 、入出荷の梱包作業を朝から晩まで一人でやっていました。 我慢できなく職人に削り終わったら、自分で 「バリ取り」 をやってくださいよと言ったら、怒られました。 すれ違いが続き、その後一年間はうまくコミュニュケーションをとれませんでした。 職人たちとのすれ違いは七年間も続きました。しかし、現在は和気あいあいとしています。

※「バリ取り」とは
バリとは材料を切ったり、削ったりした際に材料の角にできる “出っ張り” のことである。 ヤスリを使って丁寧にバリをとることは、高い精度で機械部品を作るための基本。

 私は材料の位置を定めるといった基本的な品質管理から、生産管理、会計システムの構築などの社内改革を手掛けました。 生産管理を行い、IN―OUT が管理できる管理部を立ち上げ、新規顧客開拓のための営業部も創設しました。

 その頃の私は、日曜日の午前中に会社に出て、週の生産スケジュールを作成し、月曜日の朝礼にて全体ミーティングで説明して量産と試作品などの単品の生産管理を行っていました。やる気に満ちていましたね。

   

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株式会社MURONE
製品紹介

 順風満帆に進んでいました。 29歳のときに新規顧客を開拓しなければということで営業になりました。 それと同時に取締役に就任し会社の株を半分取得し、社名とロゴを変えてホームページを開設しました。

 現場しかわからない、経営がわからない自分を変えようと大学の先輩の誘いで、異業種交流会にも参加しました。 そこで中小企業診断士の竹内幸次氏と出会い経営を真剣に考え始めました。

 経営の知識に自信が持てなくて、日本工業大学専門職大学院に行って一年間勉強してMOTの学位を取得しました。 ちなみに卒業論文では、MURONEの戦略を佐久間洋一郎氏にご教授頂き作成しました。

※MOT(management of technology)とは
技術経営。 新しい技術を取り入れながら事業を行う企業・組織が、持続的発展のために、技術を含めてトータルにマネジメントを行い、経済的価値を創出していくための戦略を立案・決定・実行すること。

   

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日本工業大学専門職大学院のホームページ
http://mot.nit.ac.jp/

 社内改革も進んで毎週水曜日には社内勉強会を開催するようになっていました。 入社から7年か経て社内スタッフの信用を得たと思いました。 新規顧客からの注文も入り始め、営業成果も上がってきました。

 これから自分が会社を背負って頑張るぞ、意気揚々だったそのときです。 「リーマンショック」 に遭遇したのです。

「リーマンショック」 で打撃をうけたそうですね

 2009年に入って売上が減ったと言うレベルではありませんでした。 仕事が大激減したのです。雇用調整助成金をもらってスタッフには社内研修をしてもらいました。

 そしてそのとき、そのタイミングで経営を私に任せてくれていたと思っていた父親が経営の現場に戻ってきました。

 生産スケジュールは無視され、父の言うとおりにスタッフが動く、従来のやり方に逆戻りしてしまいました。父と私とのすれ違いが激化しました。 新規顧客開拓も止められ、2010年5月には退職勧告までされました。 会社を辞めようと退職願を提出しました。会社に行かなかった間、子育てを経験しました。 それまで家庭をかえりみないで働いていましたから、これはいい経験になりましたね。

 現在は父親との関係は、なんでも話し合える信頼関係が築きられました。2008年のリーマンショック後の私は何か鬼になったみたいになっていて (社員に対して罵声を浴びさせ、仕事の無理をさせていました)、それに気づいた父親が私を止めたのだと思います。 今では感謝していて、父親を尊敬しています。

 これからどうしようかと考えていたときに、家族のたっての願いで会社に復帰しました。 それから一年間ほどは、抜け殻のようになりました。 しかし、途中まで進んでいた管理部の立ち上げに奔走しました。そして製造は前に出ることがなく、黒衣として会社にいました。

何が転機になったのですか

 私がやりたいと思っていた新しい業務が、2009年の7月を境に売上があがり始めたこともあって業績はV字カーブで回復し、2010年の初め頃には社員のおかげで、元の水準になりました。

 中小製造業はこれまでの下請け体質では売上が下がる事も考えられ、価格競争に入ったら大きなところに負けてしまう、このままでは何も変わらない、会社の経営成績が回復した今こそ何かをやろうと決意しました。

 その翌年、2011年4月に神奈川県中小企業家同友会の青年部の会長に就任して、自社だけでなく神奈川全体の中小製造業の未来を真剣に考えるようになりました。

 そして、ものづくり支援企業の 「enmono (エンモノ)」 のマイクロモノづくり経営革新講座の門をたたきました。 そこで私の考えていたものが180°変化しました。それは中小企業でも自社商品を制作できるということでした。

enmono (エンモノ) http://www.enmono.jp/

 2012年9月には、MURONEのパーツからイメージした六六八二 (MuroppArts ムロッパーツ) というブランドを立ち上げWebサイトを開設しました。

六六八二 (MuroppArts ムロッパーツ) http://muropparts.jp/

 「六六八二」では、「もの」を作ること、「もの」を再生すること「こと」を作り輪を広げること、日本の「こころを」販売することを目指しています。

 

(クリックで写真拡大)


「六六八二」のホームページ
http://muropparts.jp/

 「製品に付加価値をつけること」、部品加工をしてきた我が社にできることは何かを考えて、ものを作りたい人の支援、部品の再生加工をやっていくことにたどり着きました。 また日本伝統工芸と工業製品のコラボにも挑戦しています。 例えば工業製品と漆の合体などです。 そして、自社商品、漆や寄木、彫金などの伝統工芸品を販売するネットショップも検討しています。

 「ものをつくる」 を柱にして、他社との協業体制を築いていきたいですね。 いいアイデアを支援して付加価値の高い製品を作ってもらって弊社が売り手と買い手のマッチングを行います。 日本の製造業の復活の 「きっかけづくり」 をしていきたいのです。

最近は工場訪問をされているそうですね

 我が社は横浜市鶴見区の獅子ケ谷にあります。 この地域 (駒岡・獅子ヶ谷・その他周辺) は、昔から町工場が多く、今でも300以上を超える工場があります。 大企業の下請けをやっているところばかりなので、横は全くといっていいほどありません。 隣の工業では何を作ってどこに販売しているのか等の情報がないのです。

 私は工場を一軒一軒訪ねて、どのような業務を行っているのかを伺っています。 どこの工場で何ができるかを把握して、データベース化して横のつながりを作っていきたいですね。

 コーディネータとして 「六六八二」 に依頼するとワンストップで何でもできるよ、と言われたいです。

 今後も日本の「ものづくり」を変えるのは 「私」 だという自負と覚悟を持って、中小製造業を応援していきたいと思っています。

室根さんにとっての横浜は・・・

 我が社は30年間以上横浜で仕事をしています。
 私にとって横浜は、仕事場ですね。
 もちろん横浜は楽しい街ですから大好きですよ。

と言いながら、スケッチブックに 「横浜」 のイメージを書いてくださいました。

   
 

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「横浜はオレの仕事場」
株式会社MURONE 取締役の室根貴之さんにとっての横浜のイメージです。

(インタビュー:渡邊 桃伯子)

 

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