第107回 「庭と建築」
荻津郁夫建築設計事務所
荻津 郁夫
「庭と建築」
「鎌倉殿の13人」で頼朝が北条氏を伴って鎌倉入りを果たした2月の下旬、金沢文庫での展覧会(春日神霊の旅―杉本博司 常陸から大和へ)を見ながら北条氏ゆかりの「称名寺」を初めて訪ねた。昭和年代に復元整備された関東では数少ない「浄土式庭園」があり、山を背景にしてひょうたん型の池の中央に太鼓橋を設けられ極楽浄土の世界を再現しようとしたものといわれる。浄土式庭園では橋を渡った先には金堂や阿弥陀堂が配され、宇治の平等院や岩手平泉の毛越寺などが有名。それ以前に造られていた寝殿造式庭園などとともに自然風景式庭園のひとつで平安時代(11世紀)に貴族の間で庭づくりがブームになった時のものが多いが、称名寺庭園は北条氏によって鎌倉時代(13世紀)に造られたものだ。
一方そこから六浦路(金沢街道)を鎌倉に抜けた北側にある「瑞泉寺」には、石立僧(庭づくりをする僧)として有名な夢想疎石(苔寺/西芳寺、天竜寺なども作庭)による鎌倉時代(14世紀)の池泉式禅宗様庭園がある。こちらも長らく埋もれていたものが古図面と発掘調査の結果に基づいて昭和45年に復元された。夢想疎石初期の作で境内の北の正面に大きな洞(天女洞)を彫って道場とし、その前の池は切り立った岩盤の滝に繋がっている。そこをたどるといくつかの橋を渡り岩山の頂に導かれる。そこからの景色は箱根の山々から富士へ連なる山裾に相模湾が自然の池となる大きな借景をなし、書院庭園のさきがけといわれている。
近接した場所に鎌倉時代に全く異なった趣の庭園が造られたわけだが、ここで注目したいのは、称名寺の浄土式庭園は建物の南側に広がるのに対し、瑞泉寺の禅宗様庭園は建物の北側にあるということだ。浄土式庭園は池の手前(南)から山を背景に庭と建物と一体に浄土(理想郷)の写しとして見るのに対し、禅の庭は建物から庭を見るという視点の違いがあるといわれている。すべての庭園がその方位になっているわけではないが、庭と建築の関係や庭の持つ役割の違いが現れていて興味深い。
庭の起源のひとつは、神の降りるところとしての斎庭(ユニワ)であり、様々な庭に見られる州浜や御所の紫宸殿前の白砂がその流れを引いている。
一方、浄土や理想郷の写しとしての庭は、蓬莱山を住まいとする仙人の思想といわれる道教の影響が大きいという。仏教にせよキリスト教にせよ一般的に宗教は自然信仰を超えようとするもので基本的には理想の世界としての庭を造ることはまれで、日本の庭は独特の文化的発展を遂げたといわれている。
庭は建築と違って機能をもとめられるわけではないから、むしろ思想や概念を表現することに向いている。日本では天上の世界にあるはずの理想郷を浄土庭園のように地上に描こうとしたわけだし、禅の石庭は庭の思想化の行き着いた先ともいえよう。庭は建築と違ってそれを支える技術の進歩の影響がほぼないといってよい。建築は技術や社会の進歩や変化に対していやがうえにも対応を迫られる。とくにモダニズム以降、建築は合理的思考を磨いてきた。自然を自在に操ろうとする技術を磨き合理的に解釈した概念を作り出してきたが、自然そのものには触れなかった。樹木や土は四季や風雨でどんどん変化し育ち、石や岩も苔に覆われ、手入れしながら自然と向き合い、ままならないものを抱えながら創り上げていくという庭造りは建築の範疇外だったのである。
庭と建築のつながりを焦点とするプロジェクト(箱根強羅花壇)を紹介する。露天風呂のある旅館では、風呂は大事な点景として庭の一部を構成すると同時に風呂に入りながら庭を観賞する場ともなる。
上の写真では、手前の整形な切り石やヒノキの板材という人為的なものから庭側の自然石積の縁石へ、建築から庭へと露天風呂の水盤が両者を結び付けている。その視線の先には明神岳の大文字を望むことができる。
下の写真では、浴槽は黒砂利入りの洗い出し仕上げである。周囲の白砂利の地面に手仕事の痕跡が残る露天風呂が景石として配されている。
製品化され性能を問われる技術の集成としての建築的なものからいかに距離を置き、粘土をこねるときの安心感のようなものを感じられる空間の実現を目指したものである。
住宅においては、庭は外構として建物の周囲の残余部分として扱われることも多いし、十分な広さを確保できないのが現実だが、坪庭でもプラントボックスでも盆栽でも、手入れをしなくてはいけない場所を持つこと、建築ではあってならないコントロールが効かないままならぬものを受け入れてこそ生活が豊かになるのではないだろうか。わがままなペットがいとおしいように。
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