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8月 三ツ池だより 「坂道に囲まれて」

by staff on 2011/8/10, 水曜日
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 鶯が今でも鳴き、四十雀が鳴くこの夏は例年と違う様相を呈している。ニ羽、三羽、四羽でもいるのだろうか。もう8月だというのに雨がやんで17時には薄暗くなっていた。夏が来ているのは間違いないし、夏休みの子供たちの声も絶え間なく聞こえる。梅の木が揺れていると思ったら四十雀が顔を出した。「こう山の中へ来て自然の景物に接すれば、見る者聞くものも面白い。面白いだけで別段の苦しみも起こらぬ。起こるとすれば足は草臥れ、旨いものが食べられぬくらいのことだろう。」草枕のなかの一文である。読み終え少しほっとしている。

 漱石があの時代、またヨーロッパ留学のあとになぜ「草枕」を書いたのかと思った。34歳で留学は費用の不足と孤独感から神経衰弱になる。さかのぼって27歳の頃は鎌倉円覚寺で参禅している。夏目漱石を思いたったのは、会社の日帰りバス旅行でのことだった。袋田の滝をみる前に水戸の納豆工場へ立ち寄った。納豆は小学校のころの理科の実験で自作した懐かしい思い出があった。その資料館での説明の所に蕪村と並んで夏目漱石の俳句があった。

朝霧や室の揚屋の納豆汁   蕪村

納豆を檀家へ配る師走かな  漱石

 漱石は小説をほとばしるように、一字一句訂正もなく書きあげていたようだ。
帰ってきてから読み返してみたのは、その後、上野の東京文化会館のお土産物屋で「草枕 変奏曲」横田庄一郎著を手に取ってからだった。カナダのグレングールドの一番の愛読書が聖書と草枕であったという。英訳の題は草枕でなく「三角の世界」で、芸術論の展開という風になっている。「これはもちろん、漱石が書いた、四角の世界から常識と名のつく、一角を磨滅して、三角のうちにすむものを芸術家と呼んでもよかろう、の文章からとったものである。」

 グレングールドは若くして亡くなった天才ピアニストであった。「グレングールドが草枕に出会ったのは、もちろんコンサートを引退してからの事である。この東洋の小説を読みだして、グールドはおどろいたことだろう。自分が考えていたことを、夏目漱石という作家は主人公の画工の口を借りて、この小説を書いている。グールドにしてみれば、まるで自分のコンサート引退を跡付けをしてくれているようである。」グールドはある時からコンサートを引退し、録音で自分を表現していく。

 カナカナがなき、カラスがなく。人は自然の音のなかで家路についてきた。ミンミンが鳴き始めた。ひと山を越えずとも感じる自然だが、自然を自然としていつまでも楽しめる時代でありたい。何でも満足できることが、これから難しいとすれば、何を優先し、何を後回しにしていくのか。それにしても、自然の中にいられる環境を確保しておきたい。

 この草枕を愛読する作家が夏川草介さんであり、「神のカルテ」はベストセラーになった。この夏には映画公開になる。こちらは画工ではなく、医師が主人公である。最先端の医療現場でなく地方の病院の研修医から医師になる。生きるとは何かを論じている。考えられない勤務シフトのなかで、常に視点はその人に向いている。だから次々奇跡が起こる。死に直面して今に感謝する言葉が飛び出す。主人公の栗原は信州にある「24時間、365日対応」の病院で働く内科医である。

夏目漱石は草枕で次の句を読む。

花の頃越えてかしこし馬に嫁  漱石

いつもの寺の建功寺の入り口の言葉は

まっすぐに 打ち込む人の 流す汗

私はつぎのような句を読む

ちょろちょろと琥珀の音や送り梅雨  詢

 草枕のなかで画工は絵になる景色を探している。建功寺は静かにひとの生き方を見続けている。そして珈琲を沸かしながら三ツ池公園を眺めている私がいる。今この時こそが幸せなのだと思うし、今この時を幸せと感じることの大切さこそが、生きていることなのだと話をしてみたくなる。草枕もそうであるが、夢の中だったりするが、話相手がいること、聞いてもらえることが大事なことである。これからの時代のキーワードになる。話相手とは目を離さずにはいるが、非人情的な部分ももっている必要もある。この世は住みにくいのである。坂道に囲まれて、明日(あかるいひ)を迎える今日が暮れていく。

 

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(文・写真:横須賀 健治)

 

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