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「レッドライト」 (連載第6回) 本牧お馬流し

by staff on 2011/9/10, 土曜日


「お馬迎え」での頭上奉載

 海は遠くに行ってしまった。私たちに残されたのは、妙に小綺麗で、公園と見まごうような港。毎日の暮らしに海が入り込んでいたのは、いつまでだったろう。
 私たちは見落としていないだろうか。今も潮の満ち引きや雲の流れを確認しながら暮らす人々が、身近にいることを。

 毎年7月の半ばを過ぎると、本牧の人々は徐々に色めき立つ。400年続く伝統の神事「お馬流し」が始まるからだ。

 ちょっと聞き慣れないこの祭礼は、穢れを込めた「お馬様」とよばれる茅のご神体を六体、沖合に流す行事である。「夏越の祓」である「茅の輪くぐり」と、趣旨自体はそう変わらない。しかし「沖まで行って流す」という部分に、漁師町の片鱗を感じて、ぐっとくる。

 お盆の精霊舟(お盆の送り舟)も連想させるが、盆舟ではご先祖様を海に帰すのに対し、夏越の祓の舟(*註)では、穢れを流す、という違いがある。
 (*註 似たような祭礼が、熊本市の北岡神社や石川県の白山比咩神社でも行われている)

 東京湾を股にかける本牧の漁師同様、つい半世紀前まで、お馬流しは大変スケールの大きい祭りだったという。

 本牧神社権禰宜(ごんねぎ 宮司を補佐する神職)の佐藤健一さんは「昭和30年代までは、横須賀の走水に本牧のお馬様が流れてきたという話がありまして、ときどき『(お宅のお馬様が)流れてきたけど、どうすればいいか?』という電話が、走水の神社からかかってきました」と話してくれた。どうやら沖に流すと、海流の関係で走水神社の辺りに漂着するらしいのだ。流れ着いたお馬は走水神社で奉納物として扱われ、現地でお祭りに使われていた。

 現在は動力船になったせいか、そういう話はないそうだ。「手漕ぎの時代より遠くまで流れるようになったからではないでしょうか」と、佐藤さんの説明は続く。
「お馬が本牧の岸辺に流れ着いたら、それは凶事の前兆だとされます。ですから戻ってこないように、本牧の沖合い約4キロの海上でお馬を流しています。お馬が戻って来ることは、まずありません。

 でも実は、明治時代にお馬が一頭ないし二頭戻った、という記録があります。六体全部戻ったことも、歴史上一度だけあります。それは1923年で、関東大震災が起こった年です。おそらく地震の前触れで、潮の流れがおかしかったのでしょう」
 ちなみにこのお馬様、地元の人は「おんま」とよぶそうで、この呼び方の違いで地元の人間かどうか分かってしまうようだ。

 最初はてっきり、宮司さんがこしらえているものだと思っていたのだが、じつは「藪」という屋号をもつ羽鳥家のご主人が、六体のお馬すべてをつくることになっている。祭事や舞台は準備が面白い。わたしは「まだ誰も取材に来たことがない」という、お馬制作の現場にお邪魔させていただこうと考え、まず材料の茅刈りに同行させていただいた。

 茅は「霊力の宿る植物」と考えられてはいるものの、本来雑草のようなもの。かつてはそこらじゅうに生えていたそうだ。しかし生活環境の変化に伴い確保が難しくなったため、現在は境内に茅場を設けている。この日は全部で九人で作業し、神社で四束(長いのが二束、中サイズが一束、短いのも一束)刈取り。「まだ足りない」というので、一路大黒ふ頭へ。藪さんや神職一行は、なんとガードレールを跨ぎ、道路脇の、本道と側道に挟まれた決して広くはない一角に生えている雑草然とした茅を刈り始めた。じつはここは良質の茅場で、鶴見の伝統行事「蛇も蚊も」の茅も、ここで刈っているのだそうだ。「『蛇も蚊も』の方が日程が早いから、良い部分を先に刈られてしまったよ」と藪さんの弁。車でしばらく走って、よいポイントを捜しながらの作業だった。

 個人的に興味深かったのは、氏子さんと祢冝さんが馬鹿話をしながら、楽しく作業している光景だった。学校行事か町内会の寄り合いか何かのように見える。書き手である私はカトリックのクリスチャンで、じつは神道や仏教のことはあまりよく知らない。神職者と氏子の距離感や屈託のない付き合いは、ちょっとしたカルチャーショックだった。
 宮司の本牧省三さんは、神主は「普段は市井の人でいい」、という。これは神主という役割の起源と関係があるそうだ。

 本ばかり読んでいる、青っちろい庄屋の息子。労働力にはならないが、声はいいし頭もいいから、村の代表として神様に祝詞を読んでもらおう……これが神主の始まりだそうだ。だから「悟りを開く」とか「高潔な人格」とか、しばしば宗教家に求められる素養が、そもそも神主には期待されていなかったらしい。神主は祭儀の場でしっかりやってくれればそれでいい。あくまでもコミュニティーの代表、という位置づけだ。キリスト教のミサでは、司祭が十字架を背にして信者たちと向かい合うが、神式の祭儀では氏子と宮司が一緒に神様に向かう。

 宮司に修行や悟りは必要ない。もちろん修験道のように山岳信仰と結びついて、山ごもりする信仰もあった。しかしざっくばらんに言ってしまえば、里における信仰は、かなり大らかなものだったのだろう。

 話を元に戻す。
 刈り取った茅は藪さんが持ち帰り、自宅でお馬づくりに取りかかる。制作期間は一週間。神社に納める日が決まっているため、ぐずぐずしていられない。藪さんはふつうのサラリーマンだが、毎年この期間は休ませてもらっているという。
「何年か前の話ですが、社内でシステムの変更がありまして、わたしが責任者になったんです。ところがその入れ替えの日程と、お馬づくりの日が重なってしまったんですね。お馬は私以外作れませんし、かといって会社の仕事も疎かに出来ません。結局、かなり無理を言って休暇をもらったのですが、もう大変でした。ひとりの作り手に任せきるという現在のやり方は、もう難しいんじゃないでしょうか。

 私の父のときも父ひとりだけが作り手でした。神社の方は作り方を知らないんです。もし父が戦死していたら、お馬づくりは断絶するところでした。息子はいま高校生なのですが、跡を継がせるかべきかどうか。最終的には本人の判断ですが」

 お馬は、もともとは本牧内の六ヶ村それぞれで作っていたのだという。しかしあるときを境に、藪さんのところでまとめて作るようになったらしい。その直接の理由は、分からないそうだ。十畳程の和室で作務衣に身を包み、黙々と茅を編む藪さんを見ていると、伝統をつづける重みと困難さが垣間見えてくる。お馬流しは、今年(2011年)で446回目を迎えたという。

 一週間後。祭礼当日を迎えた本牧神社には、ずいぶん早い時間から大勢の人が集まっている。今も漁師町の気風が残る土地なので、朝が早いのだ。祭礼は朝8時開始なのだが、その30分前にはほぼ全員集まっている。定刻通りにはじめると「遅い」と言われてしまうのだとか。生粋の本牧住民は気が早いのだ。「『気が短いな』って言うと、地元の人は喜ぶんですよ」と権禰宜・佐藤さんの弁。

 賑やかな境内とは裏腹に、神殿内部では六体のお馬が静かに時を待っている。
 前日、完成したお馬を迎える「お馬迎え」が行われ、「頭上奉戴」とよばれる独特の動作で、氏子から氏子へ総出の手渡しで奉納が行われた。神殿内に安置されたお馬は、白布を掛けられた状態で時を待つ。藪さんは仕事の仕上げとして早朝4時に来社し、一人神殿内でお馬に化粧直しを施す。

 面白いのは、お馬様に「エサ」を供することだ。これは「神饌(しんせん)」とよばれ、具体的には蒸した麦の団子やお神酒である。これを「六枚で百万円もする」という扇形の折敷(おしき=お盆のようなもの)に載せてくくりつける。

 定刻になると、宮司が神前で祝詞をあげ、いよいよお馬が運び出される。揃いの黒羽織を着けた氏子達が長い長い列を作ってお馬を順送りしていく。じりじりと時間がかかる動作である。わずか数十メートルの運搬に30分ほどもかかるのだ。しかし和やかな雰囲気のせいか、見ていてちっとも飽きることがない。

 佐藤さんによると、お馬流しでは「しずしずと」お馬が廻っていくことが大事なのだという。
 時間通りにお馬が廻ると、一年間氏子さんたちの機嫌がいいそうで、「その年の人間関係をたてる『大切な戦い』なんです」と話してくれた。

 とはいえ時間を守るのは結構大変で、人が倒れたので進行が遅れた年など、「不可抗力なのに、氏子さんたちの機嫌が悪くて。お札を配るときとか大変でしたよ」と舞台裏の苦労の一端を明かしてくれた。

 両の手を高く掲げた「頭上奉戴」の列の中に、ずいぶん年若い少年がいる。年齢を聞いたところ、まだ中学生だという。親子で参加しているそうで、きっと大人の仲間入りを果たした証拠なのだろう。

 古老の話によると、昔まだ船が手漕ぎだった当時は「おまえも一人前だから、お馬の舟に乗せてやろう」といって、大人の仲間入りをさせる意味合いもあったそうだ。そして祭りの日には、決まってただ酒を飲ませたという。

 それこそ何十人という氏子の手を経たお馬は、待機していた車に乗せられ、本牧を巡幸する。町内の各所で御輿を担いで待ち構える地区や、お囃子で迎える地区など、町内の人たちが様々な趣向を凝らしてお馬を見送るので、同行しているこちらもウキウキしてくる。そうして本牧地区を念入りに一時間もかけて周回した後、D 突口の本牧漁港に到着。またもや30分かけた「頭上奉戴」でお馬を運んだあと、突然走り出して二隻の祭礼船に分乗(「せめ」とよばれる)。お馬を三体ずつ乗せ、おもむろに出船する。

 この二隻は「原(本牧原)」と「新町(本牧元町北部・東部地区)」の船で、古くは六ヶ村が都合六隻の船を出していた。復路が競争になるため、当時は祭りの一ヶ月前になると町内がライバル意識をむき出して張り合い「相手と口聞いちゃいけねぇ」などとやっていたそうだ。昭和初期になっても四隻の船をつかっていたが、空襲ですべて焼失。戦後は二隻の船を復元したことから、二隻で祭礼をつづけているという。

 見慣れたコンビナートの、慣れぬ海上からの姿に感嘆しているうちに、船はぐんぐん進んでいく。視界のあちらこちらにタンカーや釣り舟の影が映る。
 北風が船の背を押す。沖に出やすい風だ。逆に南風だと沖からお馬が戻って来やすい。
 お馬が戻ってこないように潮の流れを考えながら、ポイントを選定。二隻の船はスピードを落とし、樽酒をお馬の頭に注ぐと、舷側からそっと海に浮かべだ。
帰りはフルスロットルだ。港に向けて二隻は弾丸のように水面を駆ける。

 かつてはひなびた漁村の血湧き肉躍る行事だったはずが、米軍の接収や埋め立てによる海岸線の遠のきで数千人いたという見物客の足も遠のいてしまった。しかし佐藤さんによると、埋め立てが完了した本牧にも、まだ漁業をつづけている人たちがいるという。現在も残る網元は三つで、ときどき魚の奉納があるそうだ。

 「アメリカの匂いがする町」として知られる本牧も、一皮向けば漁師町の気風が残る。新興住宅地が幅を利かせるその一方で、昔ながらの商店街や祠、道祖神が落ち着いた佇まいをみせる。「開放的」「おしゃれ」といわれる街で、漁師町特有の地元意識や保守性が垣間見える希少な機会。それがお馬流しなのかもしれない。

(画像をクリックして拡大写真をご覧ください)


お馬様の材料となる茅
 
藪さんによるお馬づくりの様子
 
お馬様はこんな姿をしている
 
海上でお馬様を流す

 

檀原照和 プロフィール

1970年、東京生まれ。埼玉県立松山高校卒業後、法政大学で元横浜市役所企画調整局長の田村明ゼミに入り、まちづくりの概念を学ぶ。その後大野一雄、笠井叡、山田せつ子などにダンスを学び舞台活動に参加。2006年、「ヴードゥー大全」の出版を機に執筆活動を始める。他の著作に「消えた横浜娼婦たち」(2009 年)

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