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「レッドライト」 (連載第7回) 島唄と横浜

by staff on 2011/10/10, 月曜日


沖永良部島百合記念塔 画像提供:新里邦夫氏

 思わぬ場所で「横浜」という言葉に出くわすことがある。
 山形県の内陸部に位置する「O(オー)」という町での数年前の出来事だ。
 幾分寂れかけたその町は、蕎麦による町おこしと「『奥の細道』の旅で松尾芭蕉が立ち寄った」という事以外、目立った特徴がない。駅から数キロ離れた場所に拡がる中心街。ここをぶらぶら歩いていると、手作り感といなたさと、精一杯の背伸び感がにじみ出た、何とも味のあるカジュアルウェアの店が目にとまった。B系(ヒップホップ系)ストリートファッションの店らしい。やけに小さなその店には、さりげなく「フロム・ヨコハマ」というサインが掲げられていた。

 

画像をクリックして
拡大写真をご覧ください

ヨコハマの名を冠した山形の B ボーイ・ファッション店

 人恋しさを覚えるほど閑散とした商店街に突如現れた「ヨコハマ」。
「妙に場違いな」。
 興味を覚えた私は店内に入ってみた。店主と思しき中年の女性とひとしきり話したあと、「じつは横浜から来たんです。横浜ご出身でいらっしゃいますか」と訊いたところ、「ええ」という返事。
「どういう経緯から、ここで店をやることになったんですか?」
「ひとには言いたくありません」
 ふと「逃亡者は北へ向かう」という言葉が脳裏をよぎった。失礼かもしれないが、いろいろ想像してしまう言葉だった。
 こういう「思わぬ場所で出会うヨコハマ」の例は、決して少なくない。
 視線を北から南に転じてみよう。
 あるとき、ひとから「南西諸島の島唄に横浜のことを唄ったものがある」という話を教えてもらった。調べてみると、それは鹿児島県沖永良部島(おきのえらぶじま)の「永良部百合の花」という唄だった。

<歌詞>
  ♪永良部百合ぬ花 アメリカに 咲かち やりくぬ
    うりが 黄金花 島に よう咲かさ
  ♪仇浪ぬ立ちむ揺らるなよたげに やりくぬ
    肝(ちむ)揃りてイ咲ちゃぬ 花ぬ よう美(ちゅ)らさ
  ♪いかな横浜ぬ 波荒らさあてィむ やりくぬ
    百合は捨(し)てィるなよ 島ぬ よう宝
  ♪永良部 百合ぬ 花御万人(うまんちゅう)ぬ 宝やりくぬ
    ちばてィ 作り出いじゃさ玉ぬ よう黄金

三節の歌詞
  ♪いかな横浜ぬ 波荒らさあてィむ やりくぬ
    百合は捨(し)てィるなよ 島ぬ よう宝

は「どんなに横浜の波が荒くても百合は捨てるなよ 島の宝だ」の意味だ。
 遠い南西諸島の島唄に「横浜」が唄われている。しかしこの歌の存在も、その由来も横浜ではまったく知られていない。なぜだろう。

 明治の昔、横浜港が茶葉やシルクの輸出でにぎわっていたことは、比較的よく知られている。しかしほかにも珍重された商品作物があった。第三の主力とでもいうべきそれは、南西諸島産の百合の花だった。

 横浜から大量に輸出された百合の花は、南西諸島特産のテッポウユリだった。この花は日本の固有種でありながら、キリスト教と分かちがたく結びつき、あまつさえその一部を変えてしまった。

 聖母マリアの純潔を現す白ユリは小アジア原産の「マドンナリリー」だったが 、復活祭(イースター)の季節に咲かない、という問題を孕んでいた。1840年にシーボルトらが奄美・琉球原産のテッポウユリを紹介する(*註)と、聖母の百合は日本産が席巻した。島の人間たちにとって、食用にならぬこの百合は単なる野生の花にすぎず、気にとめる者はなかった。それが商品作物として、一躍脚光を浴びたのである。

 輸出が始まった当初、ユリ根は山採りによってまかなわれたが、輸出量が拡大するとともに横浜市内(笹下、日下、磯子、屏風ケ浦など)や房総半島で栽培されるようになり、やがてテッポウユリの自生地である沖永良部島 も主要な産地として組み込まれていった。

 我が国には園芸的に価値の高い野生植物が多い。その代表がユリ類で、輸出向けの九割以上が横浜港から積み出されていた。日本在住の外国人の中にはそれらの球根を英国や米国に送り、大きな利益を得る者が出現した。花卉(かき)類の貿易商社誕生である。文久2(1862)年に来日したイギリス人、クラマー(Carl Kramer)の「クラマー商会」や、明治4(1871)年に来日したアメリカ人、ボーマー (Louis Boehmer) の「ボーマー商会」などがその代表的だ。

 明治中期になると日本の商社も相次いで誕生し、この市場に参入した。明治23年創業の「横浜植木商会(現・横浜植木株式会社)」 や明治21年創業の「新井清太郎商店」などである。これらの商社は共存共栄を図り、明治39(1906)年に「百合輸出貿易商団」を結成。横浜植木、新井清太郎商店、高木商会、田中幸太郎商店、ロバート・フルトン商会の5社共同で、沖永良部島、奄美大島、徳之島の百合の野生種買付けを行った。

 ここから、ようやく前述の島唄とつながる。
 今で こそ生産者と商社の間で価格の折合いがつかないときは、農林省や関係当局の価格調整制度がある。しかし戦前は全くの野放しであった。 「輸出」とはいえ、生産側から見れば永良部から横浜への販売にほかならない。県内で生産されたユリは、一旦海路で横浜港へ陸揚げされた後、改めて海外へと輸出されていたのである。他に販路を持たない生産者側は、商取引に不慣れだったことやまとめ買いによる買い叩きなどにより、横浜から来た商社の言いなりとなることが多かったようである。島唄の二節にでてくる「仇浪」とは島の内外でうずまく紛争をさしている。

 「どんなに横浜の波が荒くても百合は捨てるなよ 島の宝だ」。
 横浜から来た商社との協定が得られず、どんな苦境に立たされたても、島のユリを守って行きたい、という島人の願望。

 同じ構図が静岡の茶葉にも当てはまった。しかし茶葉の場合、静岡県の努力により、 明治32(1899)年に清水港が開港場指定を獲得。その後10年経って茶貿易の中心は横浜・神戸から清水に移行している。

 一方、離島である永良部では勝手がちがう。それどころか昭和に入ると、事態は泥沼化していく。

 昭和7年、横浜植木の鈴木清蔵社長率いる「日本百合根輸出組合」に対抗する形で、大商社三菱商事が沖永良部に進出。ユリ根農家を取り込み、早成種百合根五百万球を買占めた。当時、輸出は各商社が行っていたものの、輸出検査は輸出組合が行っていた。しかし三井側は輸出組合との確執が尾を引いて、輸出検査を進めてもらえない。業を煮やした三井は、「輸出組合法」の裏をつき、英国のアングロジャパニース・デベロップメント・カンパニーに買占め百合根をすべて譲渡。輸出検査を通さず、税関の証明のみを以て横浜から輸出を行った。この事態は「百合根戦争」とよばれたが、生産農家もかなりのとばっちりを受けたらしい。結果的にわずか数年で、三菱は島から撤退している。

 沖永良部島産のユリは「エラブユリ」の名で海外でも親しまれ、 日本の外貨獲得の一翼を担った。戦時下の栽培転換や貿易沈滞を乗り越え、戦後ふたたび拡大に転じものの、海外での栽培技術の確立に伴い、いまは国内市場向けに生産されている。しかし、1970年代にオランダで作出された「カサブランカ」のような観賞価値の高いユリには、かならずと言っていいほど日本原産のユリの DNA が入っているという。

*註)このユリは、横浜の野山に咲いていたヤマユリだった、という説もある。

(画像をクリックして拡大写真をご覧ください)

横浜植木制作の『百合花選』より(国立国会図書館所蔵)

 

横浜の貿易商でエラブユリの輸出で活躍したアイザック・バンティングのカレンダー

 
Van Houtten 社(ベルギー)

による永良部百合のアンティークプリントの一例(1850年代)

 

新聞ライブラリー(旧商工奨励館)の外壁に施されたユリの彫刻。ユリ貿易を偲ばせる。

 

檀原照和 プロフィール

1970年、東京生まれ。埼玉県立松山高校卒業後、法政大学で元横浜市役所企画調整局長の田村明ゼミに入り、まちづくりの概念を学ぶ。その後大野一雄、笠井叡、山田せつ子などにダンスを学び舞台活動に参加。2006年、「ヴードゥー大全」の出版を機に執筆活動を始める。他の著作に「消えた横浜娼婦たち」(2009 年)

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