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記憶の中から (第五話)思い出の作品

by staff on 2022/10/10, 月曜日

記憶の中から
時代小説家山本周五郎と父装丁家 秋朱之介の交流より

第五話  思い出の作品

離れでお仕事をしていたのは実質2年半くらいですかしら。
時代物中心の作家と思われがちですが、現代ものも書いています。作品にはそれとなく近所の漁師さんの話や裏の変わり者一家のエピソードが入っていて、きん夫人との話から拾ったものでしょう。この話はこの家のことと私にはわかるのもありますが、これは私だけの秘密にしておきましょう。

あの柳橋物語が載った父の出版社、操書房が出版した「椿」は昭和21年に発行されました。世情もまだ混とんとしてエログロナンセンスがもてはやされている時代です。活字が印刷されたものであれば何でも売れたはずですが、家の廊下には返本の山。今も目に残っています。本屋さんにだけはなるもんじゃないなと子供心に思いました。時代のニーズに合わなかったのでしょうか。周五郎さんのあの「柳橋物語」が最初に掲載された「椿」。表紙は芹沢銈介。深い藍色と朱色の「椿」という字、鮮烈な印象でした。父の亡くなった後、物置の隅まで探しましたが全くありません。十年くらい前、ある方にコピーで見せていただきました。目が覚める思いでした。そういえば書斎の傍には「椿」の老木が植わっていて早春には見事な花を咲かせていました。蛇の抜け殻を見つけてそっと箪笥にしまった思い出も。蛇の皮を入れておくと着物が増えると母に教わったのです。個人雑誌「椿」、黒沢映画(椿三十郎)、小説(五辨の椿)「「山椿」「椿説女嫌い」なんてものもあるんです。周五郎は椿が好きだったのかしら。花言葉「控えめなすばらしさ」「謙虚な美徳」ですって。「日本婦道記」をイメージしますね。

二十年代、両家仲良く貧乏暮らしを共有していましたが、時代小説家として売れ出し,間門園に書斎を移して著名な出版社の編集者が大勢集まるようになると両家は徐々に離れてゆきます。父はあくまでも美しい本の出版にこだわり、周五郎は愛読者が買いやすい廉価な本を出すことにこだわっていました。この辺の考えの相違もあったと思われます。

自宅から近い間門の崖上にあった旅館・間門園から見た根岸湾の風景

毎日「岡持ち」を持って、襟を抜き加減に着た着物に割烹着をつけ駒下駄を履いてきん夫人が間門園にお弁当を運ぶ姿は地元で名物になりました。
きんさんは細身のすっきりした着こなしの笑顔のきれいな人で銀歯がちらっと見えるのが可愛らしい。粋筋の出じゃないかという方もいましたが、結婚する前は銀行に勤めていらしたそうです。妹さんの村田八重子さんも三之谷に移り住んできました。妹さんはきんさんより少し背が高くはきはきしたものの言い方でした。お二人の仲の良い事。いつも買い物はご一緒です。近くの三渓園商店街でも古株の魚屋「魚菊」はお二人のことをよく覚えて私が買い物に行くと思い出話が出ます。二人の何気ない世間話が作品の中に行かされているのは確かでしょう。特に「おたふく物語」は姉妹が支えあって幸せになる心温まる物語にはお二人の会話が生きていると思います。本牧では双子だったと今でもおっしゃる人がいますよ。それほど仲の良い御姉妹でした。

ごひいきの本牧三渓園商店街に今も残る魚屋 『魚菊』

右:周五郎さん 中:きんさん 左:きんさんの妹の村田八重子さん

最近横浜の落語家、桂歌助師匠が周五郎の作品を落語にしてくださっています。
最初の作品は「日本婦道記」の中から「菅笠」。武家の娘の秘められた真心がしみじみと感じられる小説。これが落語になるなんてと内心不安でした。周五郎会のメンバー五人と野毛の「にぎわい座」に楽屋見舞持参で行ってきました。なるほど構成は確かに人情噺になっています。歌助師匠の独演会、次回は「山だち問答」で11月11日。これは人情噺ではなくて滑稽な武勇伝ですね。期待しています。師匠も周五郎大フアンでいらして会の特別会員になってくださった。

もう一人これも横浜を代表する演劇人五大路子さん。以前に私の提案で「周五郎の妻」という舞台を上演してくださいました。五大さんも周五郎会特別会員になっていただきましよう。こうして輪が広がって行きます。歌助師匠には今年11月、八聖殿で周五郎会主催の落語会に出演していただいて「菅笠」を語っていただくことになっています。

周五郎家の門は丸太が両側に立っているだけで、表札も「清水三十六」。
これは周五郎さんの本名です。明治三十六年に生まれたかららしいのです。偶然にも父も三十六年に生まれています。庭からすぐ座敷に上がれるようになってました。自然石が置いてあっていつもおばちゃんの駒下駄と男物の下駄、子供たちのくたびれたズックが並んでいました。思い出はそのあたりで途切れています。私が学校や就職で忙しくなり家の周りのことは記憶が無いのです。

 

(第五話了)

 

大久保 文香さん プロフィール

記憶の中から 大久保文香さん   「関内を愛する会」事務局長を経て
「野毛大道芸」事務局に就任。
以降エンタメに興味を持ってイベント企画会社
桜蘭(株)を立ち上げ
現在、桜蘭(株)プロデューサー
 
<ヨコハマNOWの記事>
「大道芸の母」として慕われているイベントプロデューサー 大久保文香さん

 

 

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